日常で、自分を自由に表現する機会というのはどのくらいあるでしょうか?

学生には美術や図工、音楽などの授業があり、夏休みには工作や作文といった宿題が課されることで、定期的に自己表現の機会があります。

しかし、大人になるとそのような自己表現の課題などはほとんどありません。

陶芸をしている手元
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メンタルヘルスにおいて、自分の感情や経験を自由に表現することは、ストレス軽減の効果が高く、有効とされています。

逆に、円滑な人間関係を築くために自分の個性を周囲に合わせ、本来の自分を押し殺すような場面ばかりが増えてしまうと、気づかぬうちにストレスが溜まり、やがてはうつ病などの深刻な状態に陥ってしまう恐れもあるのです。

私たちは娯楽として、またストレス解消の手段として、映画や音楽、絵画などの誰かが表現した芸術作品を嗜みます。そういった芸術鑑賞にストレス解消効果があるとされる一方で、自らが表現を行うことのメンタルヘルスへの効果にも、注目が集まっているのです。

自己表現や芸術が心のケアになる

デスクにあるパソコンやコード、ヘッドホンなど
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創作活動というと、どんなことを思い浮かべるでしょう?

小説を執筆したり、油絵を描いてみたり、作曲してみたり……

どうにも専門的で、そういった活動を経験したことのない人にはハードルの高い印象なのではないでしょうか。しかし、本来人が自分の内面に形を与えて表現することは、そう難しいことではありません。

たとえば、現代ではコミュニケーションツールとしても使われるSNSなども、自らの感じたことや経験したことを短い文章や写真といった形で表現するという意味では立派な自己表現といえます。

ただしSNSに関しては、他者に公開するという前提で投稿をするため、人からの批判を恐れたり、拙い表現を他者に公開するのが恥ずかしいといった心理が働くため、自由な表現の場とは言いづらいかもしれません。

自分自身の感情や経験などの内面を自由に表現することは、充実感達成感を得ることにつながり、ストレス解消に効果的だとされているものの、日常生活の中で自分を自由に表現できる場というのは、限られているのが実情なのではないでしょうか。

心理療法の一種「アートセラピー」とは?

色とりどりに塗られた絵
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一般的にアートセラピー(Art Therapy)とは、絵を描くことを通して自己を表現することで、自身に対する気づきや成長を得ることを目的としており、日本では絵画療法と呼ばれることが多い心理療法のひとつです。

一方で、アーツセラピー(Arts Therapy)という言葉もあり、この言葉が使われる場合、それは絵を描くことのみではなく、音楽やダンス、演劇や詩歌など様々な芸術活動を通して行う心理療法のことを指します。

欧米では公式な資格を持った人がアートセラピストとして活動していますが、日本ではアートセラピーに関する公式な資格はまだ存在していません。

ただし、近年芸術活動を通じた心理療法の研究が活発になっていることを受け、日本でも実際の治療の現場で絵画療法箱庭療法を取り入れる医療機関が増えているようです。

アートセラピーのストレス解消効果

おえかき
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一般的なアートセラピーで期待される効果として、絵を描くことを通して手や指、脳の働きが活発になって血液循環がよくなり、神経伝達物質であるドーパミンの分泌が浄化作用(カタルシス)を促すとされています。また、自己を自由に表現することで充実感、満足感を得ることができ、心のケアにもつながるとされています。

ある研究では、絵画教室で絵を描く前と後で、唾液中のコルチゾール値を測定する実験が行われました。コルチゾールはストレスホルモンとも呼ばれ、人がストレスを感じると分泌量が増加すると言われているホルモンです。

結果として、約6割の被験者において、絵を描いたあとにコルチゾール値が10%以上低下したことがわかりました。

絵を描くというストレス解消法は、生活に取り入れやすいという点も大きなメリットと言えます。紙とペンさえあれば時間や場所を問わずに実施することができる自己表現であり、病院やグループセラピーの場だけでなく、日々の心のセルフケアにも無理なく取り入れられるのではないでしょうか。

ぬりえで手軽にアートを楽しもう

色鉛筆
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自己表現が心のケアに効果的とはいえ、ダンスや演劇を経験者でもない人が手軽に生活に取り入れることは難しいでしょう。絵を描くことは誰にでも生活に取り入れやすいとはいえ、絵を上手に描くことができなければ、逆にストレスを感じることもあるかもしれません。

そんな人でも手軽に楽しめるアートセラピーがぬりえです。アートセラピーでは、自分の好きな色を自由に塗るだけで、精神的にリラックスし、ストレス解消効果が得られることがわかっています。

色鉛筆でぬりえをしている
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ぬりえはすでに描かれている下絵に自分の好きな色を塗っていくだけなので、絵画を描くようにいちから完成形をイメージし、そのイメージを忠実に表現していくという困難さがありません。

あれこれと思案を巡らせる必要もないため、無心になって集中することができ、精神的にリラックスできるとされています。絵を描くことが苦手な人にはうってつけのストレス解消法といえるでしょう。

近年、「大人のぬりえ」が人気を集めていることもあり、書店やインターネットで手軽にぬりえ用の下絵集を購入することもできます。

日々のストレスを効果的に解消する手段として、まずは手軽に生活に取り入れられるぬりえに挑戦してみてはいかがでしょう。

Source:

中道芳美 鮫島道和 顧寿智 杉浦敏文 (聖隷クリストファー大学看護学部紀要No.14 2006)
「絵画療法とその効果の唾液コルチゾールによる評価」

伊東留美 人間関係研究(南山大学人間関係研究センター紀要), 13, 139-152.)
「アートセラピーと美術教育についての一考察」

著者情報

SELF

北里大学医療衛生学部出身の医療系ライターを筆頭に、精神衛生やメンタルケアに特化した記事を得意とする。学術論文に基づいた記事を多く手掛けている。

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