ヒトの心に働きかける、人工知能とエンターテインメントの未来

エンタメとAI

近年、AI(人工知能)の技術は日に日に進歩しており、様々な形で私たちの生活に普及しています。
一般的なスマートフォンに搭載されている音声認識AIをはじめ、ビジネスを効率よく進めるためのツールに活用されたり、観光地やWebサイトに訪れた人を案内するサービスとして取り入れられることで、人工知能は誰にとっても身近な存在となりつつあります。
さらには、AIを用いたメンタルヘルスへのアプローチや、エンターテインメントへの活用など、ヒトの心に直接働きかけるAIの活用事例も日に日に増えています。

一方で、イギリスのオックスフォード大学は、AIが発展することによって近い将来、現在ある仕事の約90%は機械(AI)に置き換えられると公表しました。
本当に、現在人間が行なっているあらゆる仕事をAIが行う未来が訪れるのでしょうか。中でも、エンターテインメントや芸術など、人を感動させたり癒したりする行為を、AIが代替することは可能なのでしょうか。

急速に広がりをみせるAIの進化の可能性と、私たちがどのように向き合っていくべきか、真剣に考える時がきているのかもしれません。

人の心に働きかけるAI

映像、ゲーム、音楽……エンタメ業界に広がるAI技術

AI技術が発展するにつれて、AIを用いた新たな技術やサービスが、インターネット上などで頻繁に話題になるようになりました。
2015年、日本マイクロソフトが開発したAI女子高生「りんな」は、SNSなどを通じてユーザーとやりとりができるAIとして大きな反響を呼び、2019年にはエイベックス・エンタテインメントと契約、歌手デビューまで果たしました。
このように、現代ではすでにエンターテインメント業界において、AI技術は様々な形で活用されています。それぞれの業界でどのような事例があるか、まとめました。

ゲーム業界

そもそもAIは、人間の知的活動をコンピューターによってシミュレーションするものであることから、コンピューターゲームとの親和性が高く、ゲームの分野においては古くからAIの研究が盛んに行われてきました。
現代では、大手GPUメーカーのNVIDIAが往年の人気ゲーム「パックマン」のプレイ動画をAIに学習させることで、ゲームを完全再現することに成功したと発表し、大きな話題となりました。また、現代の大作RPGではプレーヤーが自由に広大なマップ上を探索できる「オープン・ワールド」が魅力の一つとなっており、その開発にAI技術を利用する取り組みも進められています。

さらに、将棋AIの進歩もめざましく、2013年にはAIがプロ棋士と対戦し、勝利したことで多くの人の関心を集めました。2016年には、プロ棋士が競技中に将棋AIを使って「カンニング」を行なったのではないかという疑惑まで浮上しました。

ゲームとAI

音楽業界

音楽業界においても、様々な形でAIを利用しようという取り組みが進められています。
2016年、ソニー・コンピュータサイエンス研究所の開発した作曲AIが「ビートルズ」のスタイルに似せたポップソングを作り、AIによる音楽制作が可能であることを示しました。その後、インディーズのミュージシャン達を中心にAIを活用した音楽制作が活発になり、世界的に大きな流れとなっています。

また、現代の音楽業界ではインターネットを用いたストリーミングサービスが広く普及しています。このストリーミングサービスには、1日に何万曲もの新曲がアップロードされ、年間では1千万曲を超える楽曲が新たに登録されています。この膨大な楽曲の中からユーザーや音楽関係者が、有望な新人アーティストや未来のヒットソングを探し出すのは大変な労力であり、音楽業界における大きな課題の一つとなっています。将来的に、ストリーミングサービスにおいてAIを活用することで、この膨大な労力を効率化することができると期待されているのです。

映像業界

映像の分野でAIが得意としているのが、映像や画像の解析です。
監視カメラ映像の解析などにすでに使われている技術ですが、この技術を応用することで、膨大な映像の中から特定の被写体が映っているコマだけを抽出したり、特定の被写体を撮影中に自動的にトラッキング(被写体をカメラで追う)することができるようになるとされています。こういった技術が実用化されれば、映像の撮影・編集現場における作業の効率化につながると考えられます。

また、映像分野でのAI利用の事例としては「ディープフェイク」と呼ばれるものがあります。
これは、AIが人物の表情や声、発話する際の口の動きなどを学習することによって、新たな画像や映像を生成・合成する技術です。あたかも実在の人物が自らの意志で動いたり話しているように見える映像を作り出すことができることから、不正な政治利用や人権侵害への懸念が強く、早急な規制が必要とされている分野でもあります。

その他

2019年の大晦日には、日本のテレビ番組である「紅白歌合戦」の中で、伝説的歌手である美空ひばりさんをAIによる映像と音声で再現するという試みが行われました。この試みは技術的・芸術的に評価される一方、美空ひばりさんは故人であることから、「AIを使って故人をよみがえらせる」という行為への倫理的な批判や著作権の問題など、様々な議論が生じています。

AIは芸術家になれるか?

ここまでに述べたように、AIはすでに様々な創作活動に密接に関わっており、その流れは今後よりいっそう加速するものと予想されます。

ただし、現時点ではAIの創作活動における役割は、作業の効率化や、既存の作品の再現、要素の抽出といったところに限定されています。現代の技術では、芸術の分野におけるAIはあくまでも人間のサポートをする存在に留まっているといえるでしょう。

では今後、AIがより高度に発展した場合、AIは人間以上の創造性を発揮する「芸術家」となりうるのでしょうか。
アメリカのフューチャリストであり人工知能研究の権威としても知られるレイ・カーツワイルは平均的な教育を受けた人間に匹敵するAIが、2029年までに生み出されると予測しています。AIが本当に人間に匹敵する、あるいは人間を超える存在となったなら、ゼロから芸術作品を生み出すAIが登場しても不思議ではありません。

一方で、哲学者の中には、AIがもっとも創造的な芸術家や思想家を凌駕することはないと断言する意見もあります。創造性は人間による最高レベルの成果であり、社会的に埋め込まれているが故に、AIの進歩に屈することはないというのです。
しかしながら、もし人間が人工知能を自らよりはるかに優れた存在と認識し、社会がその創造性を認めることになれば、人工知能は芸術家たりうるかもしれません。それはつまりAIが人間より優れているということではなく、人間が自らの創造性を軽視した結果といえるでしょう。

もし、「芸術」という分野を進化するAIに依存せず、人間が守るべき聖域と考えるのであれば、私たち人間はAIがどれだけ進歩しようと、人間の創造性を強く信じ、守り抜かなければならないのかもしれません。

音楽とAI

進化するAIとどう付き合うか

日々進歩する中で、様々なエンターテインメント業界に取り入れられ、芸術家としての可能性にまで議論が及んでいるAI。
カーツワイルは、ひとたび人間レベルの知能を持つ機械(AI)が生み出されれば、爆発的な技術の進歩が起こると予想しています。そういった未来が訪れた際、エンターテインメントは今とは全く違う形に変貌するのかもしれません。AIがエンターテインメントを生み出し、人間がそれを享受する、それはきっと遠い未来の出来事ではないでしょう。

しかしながら、先述した「ディープフェイク」に代表されるように、AI技術の実用についてはまだまだ議論が尽くされたとは言えず、世界的な取り決めも存在していません。AI技術が日進月歩を続ける一方で、私たちの社会は進化したAIに対応できるものにはなっていないのかもしれません。

また、今後エンターテインメント業界へのAI技術の進出が進むことにより、アーティストやクリエイター、スタッフなど、今のエンターテインメントに関わる仕事をしている人たちの「仕事に向き合う姿勢」も否応無く問われることでしょう。止まる所を知らない技術の進歩に翻弄されないように、しっかりと準備と心構えをしておかなければなりません。

Image:Unsplash
Source:
浅田 稔
「エンタテイメントロボティクスと情動・知能」(人工知能学会誌 19巻1号 2004年1月)
中津 良平
「エンタテイメントとAI」(人工知能学会誌 19巻1号 2004年1月)
片寄 晴弘
「音楽生成とAI」(人工知能学会誌 19巻1号 2004年1月)