子どもとのコミュニケーションがうまくいかない……
子育てにストレスを感じる……

そんな悩みを抱えていませんか?

親子の関係は、多くの人にとって生まれて初めて経験する対人関係であり、子どもにとってはその後の人格形成やコミュニケーション能力の基礎となる重要なものです。
しかし、いかに親子といえど、「親」と「子ども」は別の人間です。相手の行動で不快な思いをしたり、コミュニケーションがうまくいかなければ信頼関係を維持することが困難になったりもします。そういった状況から生じるストレスは、子どもにとってまさに生まれて初めて経験する「対人関係でのストレス」となりえるでしょう。

育児ストレスとは何か

一般的に、小学生から高校生くらいまでの児童は、自我の目覚め、反抗期、第二次性徴、交友関係の拡大、受験など、自身と環境のめまぐるしい変化に直面し、様々なストレスを受けるとされています。一方で、晩婚化が進行する現代では、30代〜40代で子育てをする親が多くなり、しばしば子育てと自分の親の介護を両立しなければならないことから、大きなストレスを受けることがあります。また、30代〜40代の子育て世代は職場においても責任を背負うことの多い世代であり、仕事と家庭の両方で大きなストレスを抱えてしまう人が増えているとされています。

そんな厳しいストレス環境が原因となり親子間での関係がいったんこじれてしまうと、近年報告の増えている児童虐待や育児放棄、子どもから親への家庭内暴力など、深刻な事態を招いてしまうこともあるのです。

とはいえ子育てにはマニュアルがなく、「どうすれば良好な親子関係を築き、維持できるか」という問いに対する絶対的な答えは存在しないでしょう。
そんな中、近年精神医療やビジネスの分野で活用されている「マインドフルネス」の実践が、子育てでのストレス軽減、そして良好な親子関係を築くうえで有効であると、注目を集めているのです。

マインドフルネスとは

マインドフルネスとは、「今この瞬間に意識を集中する」という、仏教の教えをもとにした考え方であり、近年では精神医療やビジネスの世界に幅広く取り入れられています。
実際の技法としては、「マインドフルネス瞑想」といわれる瞑想法によって、「常に落ち着いた心の状態」を目指すものです。

マインドフルネスにおいて重要とされているのは「今この瞬間にある状態(行動)を評価や判断を下すことなく受け入れること」ですが、こと対人関係においてこれは非常に難しいことです。相対する人の行動が自分の思い通りにならない時、無意識的に相手のことを「わがまま」「自分とは気が合わない」と評価してしまったり、相手の行動を「いいこと・悪いこと」と自分の尺度で判断してしまいがちです。

マインドフルネスの考え方を学び、「今この瞬間」に意識を集中するトレーニングを実践することで、相手の行動に対する評価や判断ではなく自分と相手が今この瞬間に何を感じているか、ということに意識を向けることができるようになり、思い通りにならない対人関係から受けるストレスを軽減することができるのです。

瞑想

子育てとマインドフルネス

マインドフルネスの実践によって「今この瞬間」に意識を集中することは、子育てにも活用できます。
近年の研究によって、マインドフルネスを取り入れた子育て法が、親子関係に与える効用がいくつも報告されているのです。

親が「今この瞬間」の子どもの状態や行動に意識を集中することで、子どもが発している些細なサインや微妙な変化を正確にキャッチしたり、乳幼児の言葉を正確に聞き取ることができるようになるとされています。また、親が自らの経験から構築した「こうするべき」という思考や期待感が低減することで、思い通りにならない子どもの行動に対して感じるストレスが緩和される効果もあります。

また、子どもの状態や行動に親が自らの価値判断をさし挟むことなく受け入れることによって、子どもへの過度な期待やその子に合わない期待をすることなく、子どもの特性(性格や能力)をより深く理解することができるようになるとされています。

子どもの求めていることや感情の変化を正確に察知し、対応することで、思い通りにならない子どもの行動からストレスを感じる機会が減り、子育てに対する自己効力感(=自分がある状況において必要な行動を遂行できるという認識)を高めることができるのです。

手軽に実践できる「マインドフルネス」

マインドフルネスが子育てのストレスを低減することに効果的とはいえ、忙しい日々の暮らしの中で実践することはハードルが高いと感じるかもしれません。
マインドフルネスの基本は瞑想によるトレーニングです。
瞑想というと「座禅を組んで目を閉じ、心を無にする」というイメージで、慣れていないとなかなかうまくできない、と感じる人が多いのではないでしょうか。

特に子育て中は、親自身が初めて経験することの連続で、常に心の余裕を維持することは難しく、また仕事や自分の親の介護と子育てを両立しなければならない場合、時間的にも極端に制限されることになります。
そんな生活の中、じっくりと時間をかけて瞑想し、マインドフルネスの達成を目指すのは非常に難しいと感じてしまうかもしれません。

しかしながら、マインドフルネスにおいて重要なのはあくまでも「自らの注意を能動的にコントロールすること」であって、座ることや目を閉じることは瞑想状態に入りやすくするためのプロセスにすぎません。
実際に研究や臨床で取り入れられているマインドフルネスには、より手軽に生活に取り入れられる実践法が存在するのです。ここで、日常の中で手軽に行いやすい方法をいくつか紹介します。

1)散歩や通勤中にもできる「歩行瞑想法」

その名の通り、歩くことに意識を集中する瞑想法です。
リラックスした状態で、自然な呼吸を心がけましょう。ゆっくりと慎重なペースで歩き始め、かかとからつま先が地面から離れる感覚、足を持ち上げるときの太ももやふくらはぎの筋肉が収縮する感覚、重心の移動、足を地面につけるときの感覚など……「歩く」という日常的な行動の中に含まれる、自分のカラダの状態と変化に丁寧に注意を向けましょう。
歩いている最中に様々な思考が浮かんでくることもあるでしょうが、そんなときは無理に「考えないようにする」のではなく「考えている」ということに気づいたうえで、再び「歩く」という行為に意識を集中するようにしましょう。
「歩行瞑想法」は歩くことに意識を集中する瞑想法なので、実践する際は車通りや人通りの少ない安全な場所で行うように注意しましょう。

2)仕事や家事の合間に「ボディスキャン」

「ボディスキャン」とは、頭のてっぺんから足のつま先まで、自分のカラダの細部に意識を集中することです。
立った状態でも座った状態でも構いません。ゆっくりと自然な呼吸を意識して、頭、額、耳……といった具合に、自分のカラダの各部に順番に注意を向け、身体のありのままの状態を感じ、気づくことが重要です。
「頭にかゆみがある」「肩が少し張っている」など、自分のカラダの変化や不調をいち早く察知することにもつながります。

3)料理を作る、食べることでもマインドフルネスを実践できる

普段の生活の中で何気なく行っている「料理を作る・食べる」という行為は人間の持つ様々な感覚を刺激することにつながります。
マインドフルネスにおいては、自らの五感に意識を集中することが重要となるため、その過程で様々な感覚を得られる「料理」は、マインドフルネスに適した行為といえるのです。
たとえば、包丁で魚を切る際に、魚の「ぶよぶよしている」という感触や、包丁を入れると血が出て、まな板が赤く染まること、食材に火が通る過程での匂いや固さの変化などに気づいて、意識を集中すること。
料理を食べるときに、その見た目や匂い、口に入れた瞬間の感触など、「その瞬間」のひとつひとつに丁寧に注意を向けることが、マインドフルネスに繋がる瞑想の訓練となるのです。

いずれの方法も、実践する中で様々な思考が頭に浮かんで、注意がそれることもあるでしょう。
そんなときに重要なのは「考えないようにする」ことではなく、「考えている」ことに気づき、「今この瞬間」に意識を戻すことです。
慣れるまではなかなか難しいと感じるかもしれませんが、これを実践しマインドフルネス瞑想を自然と行うことができるようになることで、日常のどんな場面でも、能動的に自らの意識をコントロールできるようになるでしょう。

料理

子育ての「今この瞬間」を大切に

成長の過程にある子どもにとって、日常は初めて経験することの連続です。
また、子育てをする親にとっても、子どもと過ごす中で起こるひとつひとつが初めて経験することである場合が多いでしょう。子どもの個性がひとりひとりによって違っており、また親子を取り巻く社会環境も日々変化することから、仮に何人もの子どもを育ててきた経験のある親であっても、過去の経験を100%なぞってうまくいく状況はなかなかないでしょう。

人は初めての経験をする際、「失敗してしまうかもしれない」「ちゃんとできるだろうか」という思考から不安や緊張を感じ、心にストレスを溜め込んでしまいます。
そんな時に頼りになるのが過去の経験であり、心の拠り所になるのが未来への期待なのかもしれません。

しかし、親が頭の中で構築した「過去の経験からくる判断」や「未来への期待」によって子どもの「今」を評価・判断してしまうと、そこから「どうして思い通りにならないんだろう」という不満や、「自分の子育ては間違っているのかもしれない」というネガティブな思考が生まれてしまい、やはり大きなストレスを抱え込んでしまう結果になることもあるのです。

冷静に考えてみれば、過去の経験からくる判断を「今」に適用して正しい結果が得られるとは限らず、また、未来への期待をもってどれだけ努力をしたところで、未来がどうなるかはわかりません。人間はひとりひとり性格も能力も異なっていて当然なので、周りと比べることにも意味はないのかもしれません。

子育て中の親が過去や、未来や、周囲との比較にわずらわされることなく、自分自身と子どもの「あるがままの今」を受け入れることが、子育てにおけるストレスを軽減する最善の方法であるとするならば、マインドフルネスの考え方とその実践は子育てに悩む多くの人にとって、心の処方箋となり得るといえるでしょう。

Image:Unsplash
Source:
「親子関係とマインドフルネス」
(吉益光一,大賀英史,加賀谷亮,北林蒔子,金谷由希 日衛誌 第67巻 第1号 2012年1月)
「マインドフルネスの促進困難への対応方法とは何か」
(北川嘉野,武藤崇 心理臨床科学,第3巻,第1号,41-51,2013)

著者情報

SELF

北里大学医療衛生学部出身の医療系ライターを筆頭に、精神衛生やメンタルケアに特化した記事を得意とする。学術論文に基づいた記事を多く手掛けている。

著者の全ての記事を見る