• 「小さい頃に犬に吠えられて以来、犬がこわい」
  • 「高いところから落ちたことがあり、何年経っても高いところが苦手」

このような状態は、一般的に「トラウマ」と呼ばれています。精神的ショックや恐怖を感じることでできる心の傷のことを言い、克服するには一筋縄ではいきません。

誰もが抱く可能性のあるトラウマ。
トラウマの正体とはいったい何なのでしょうか。

トラウマ(心的外傷)経験者は70%以上

トラウマとは「心的外傷」と呼ばれるもので、いじめや交通事故など精神的・肉体的に強い衝撃を受けることでその出来事にとらわれてしまい、その出来事自体は「トラウマ体験」として後の人生にネガティブな影響を及ぼすことがあります。

24か国を対象に行われた疫学調査によると、生涯のうち1度でもトラウマ体験をする人の割合は70.4%だということがわかっています。それだけトラウマ体験は身近なものなのです。

トラウマ体験をすると、トラウマ体験と似た状況に遭遇した際に強い拒否反応を示し、その状況から離れようとします。実際にはトラウマ体験とは関係のないような状況であっても回避行動を取る傾向にあり、何でもないようなことをネガティブな解釈をしたり、反射的な肉体異常をきたすことでメンタルのバランスを崩してしまうのです。

似ているようで違うトラウマとPTSD

窓際で頭を抱える男性の背中
出典:Unsplash.com

トラウマと混合してしまいがちなのがPTSD(心的外傷後ストレス障害)です。

PTSDは戦争帰還兵に対する治療から研究が始まったとされており、命の危険を伴うような恐ろしい体験をした、あるいは目撃した場合に患うストレス障害です。

PTSDを患うと、ふとした時につらい体験(トラウマ体験)をした際の感情がよみがえります。まるでもう一度体験しているかのように生々しく思い出され、恐怖や苦痛、怒り、哀しみといったいろいろな感情が混じりあいます。

そんな説明のつかないような複雑な感情によって涙ぐんだり取り乱したりすることもあるため、周囲には突然不安定になったように見え、困惑するケースが多いのです。また、同じような悪夢を何度も見るというのもPTSDの特徴です。

PTSDには認知行動療法やストレス管理法などの精神療法が必要となり、精神医学傷害の一種とされています。つまり、PTSDはトラウマとは違い病気なのです。

トラウマ体験による苦痛が1カ月以上続く場合にもPTSDが疑われます。自分の意思と関係なくトラウマ体験がよみがえったり(=フラッシュバック)、夢に出たりすることで日常生活に支障をきたし、精神不安定や不眠、イライラなどの精神異常を引き起こすのです。

トラウマを克服する方法とは?

克服法1.フラッシュバックを減らす

フラッシュバックのような嫌な体験を思い出さないようにすることは、トラウマを克服することにも繋がります。

フラッシュバックを起こさないようにするには、以下のような対策が有効です。

  1. フラッシュバックしたときの気持ちをメモする
  2. フラッシュバックが起きやすい状況をメモする
  3. 心を許せる人に話を聞いてもらう
  4. カウンセリングを受ける

これらをできる範囲で続けていきます。
フラッシュバックはふとした瞬間に訪れるほど強く脳に刻まれているものなので、すぐに治るというわけにはいかないでしょう。長い目で見てコツコツと訓練を重ねていくことが重要です。

そうやって少しずつフラッシュバックの回数を減らし、トラウマ体験を薄めていくことがトラウマ克服の第一歩なのです。

克服法2.「忘れる」「考えないようにする」をやめる

考える時間を減らすと言いましたが、考えないようにするということではありません。考えないようにするという思考自体がプレッシャーになってしまう恐れがあるからです。

トラウマを抱えている人に対して、 「トラウマ記憶を思い出し、向き合うことが克服・回復につながる」 というような考えがあります。 これは、過去を克服するためや防衛反応のためとも言えます。

もし、トラウマを思い出して向き合っていくことが過去を乗り越えるための自己鍛錬のようなものととらえているのであれば、それは言い換えると「思い出さなくなることが克服(=自己鍛錬の成果)」とも言えます。

しかしそれは誤解です。
なぜなら、それはトラウマ記憶を忘れるといいとする考えにつながり、忘れられない自分を責めてしまうというようなトラウマ経験者を増やすことになりかねないからです。

センシティブな問題だけに、対応を誤るとより重症化してしまいかねません。大切なのは、トラウマを抱えた人の言葉に耳を傾けて一緒に乗り越えていこうという寄り添いの気持ちなのではないでしょうか。

トラウマを乗り越えるには正しい理解を

とある日本の大学生への調査だと、トラウマやPTSD(心的外傷後ストレス障害)などの症状やその治療法について、認識自体はあるものの、ちゃんと学んだことがないという人は対象者全体の9割以上を占めたという報告があります。おそらく映画やドラマ、漫画などのメディアを通じてトラウマやPTSDなどの存在に触れる機会はあっても、勉強をしたり知見を広めたりといった行動に移す人は少ないと考えられます。

加えて、トラウマについての正しい理解がないためにトラウマ経験者を傷つけてしまうおそれもあります。

たとえば、周囲がトラウマ記憶を持つ人に対して「過去を思い出すようなこと言動は慎もう」 といった警戒をした場合、その態度がトラウマ体験者に誤った解釈をもたらし、良かれと思って取った言動が誤解される可能性があります。その結果、彼らを孤立させてしまうのです。

トラウマ経験者自身も、 トラウマ記憶に苦しむ自分を異常だと思いこんで苦しんだり、自分自身を責めてしまったりするケースがあります。心のバランスを崩している状態では物事をネガティブにとらえやすくなり、側から見れば問題のないことを問題として認識し自己嫌悪に陥るといった負の連鎖が生じてしまうのです。

周囲で理解し、適切な環境を作ることができれば症状そのものを引き起こさないようにすることができるかもしれません。トラウマやPTSDについての正しい知識を持つことは、トラウマ体験者の苦しみを和らげ、メンタルを悪化させないためにも必要不可欠と言えるでしょう。

トラウマ体験で多いのが「いじめ」

自然災害や事故、暴行、虐待など、トラウマ体験の要因は多くありますが、中でも多いのがいじめです。文部科学省はいじめを以下のように定義しています。

いじめ:「当該生徒が,一定の人間関係のある者から,心理的・物理的な攻撃を受けたことにより,精神的な苦痛を感じているもの」

引用:文部科学省【いじめの定義の変遷】

子供や学生はもとより、大人にとってもいじめは身近な危機であり、物理的や身体的、心理的ないじめが継続して行われることは心身に大きな影響を及ぼす恐れがあります。被害者にとってはいじめを受けていると思っていても、加害者側は普通のじゃれ合いイジリという認識でいることも多く、このズレはいじめ問題の大きな課題と言えます。

いじめによるつらい経験は脳に深く刻まれ、環境や条件によってフラッシュバックとして思い起こされます。いじめは、PTSDにかかわるストレス反応を引き起こす可能性が高いのです。

また、いじめ以外にも、かつて自分が味わったような苦い経験と似たような状況に遭遇したときや、自分以外の誰かが昔の自分とリンクするような状況を目撃したときなど、フラッシュバックはふとした瞬間にやってきます。その繰り返しが過去に対する恐怖心をより強めてしまい、当事者本人にとってつらいものになるのです。

コミュニティが回復のカギ

前途のように、トラウマ体験は強いインパクトとして脳や体に刻み込まれ、克服するのは簡単ではありません。

ですが、実際には過去の記憶に振り回されずに生活することは十分可能です。そういった情報を伝え続け、トラウマ記憶を思い出すことへの理解をうながし、認識や態度を今一度確認するということが大事になってきます。そうやってトラウマ体験者を孤立させずに、安心できる仲間や身近な存在などの「コミュニティ」で支え、安心・安全の回復をはかっていくのです。

もしそういったコミュニティに頼りづらというような状況であれば、臨床心理士などの専門医に相談するか、医療機関に頼るのもいいでしょう。また、今やAIカウンセリングしてくれる時代でもあります。AIと会話をしながら自分を見つめ直し、ときには自分でも気づかないような指摘やアドバイスをもらいながらメンタルヘルスのケアをしていくというものです。

  • 人には相談しづらい
  • カウンセリング費用が高い
  • タイミングがない
  • 気軽に話したい

そんな人はぜひ一度「SELF MIND」試してみてください。→ SELF MIND

トラウマになる原因は人それぞれです。
乗り越えるには認識の相互理解をはかることが重要です。

トラウマによる問題を個人ではなくコミュニティの問題として扱いつつ、日常を取り戻す場をコミュニティ内で提供することは、トラウマ経験者が自らの壁を打ち破るためにも大切なことなのではないでしょうか。

Source:

瀧井美緒(兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科、新潟県精神保健福祉協会こころのケアセンター)
上田純平(兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科)
冨永良喜(兵庫教育大学)
【トラウマ体験の違いによる外傷後ストレス反応、身体症状、抑うつ症状、不安感受性の差異に関する検討】(不安障害研究,4(1), 10–19, 2013)

小林英二、三輪壽二
【いじめ研究の動向 : 定義といじめ対策の視点をめぐって】(茨城大学教育実践研究(32): 163-174)

【厚生労働省 知ることからはじめよう みんなのメンタルヘルス 総合サイト

著者情報

SELF

北里大学医療衛生学部出身の医療系ライターを筆頭に、精神衛生やメンタルケアに特化した記事を得意とする。学術論文に基づいた記事を多く手掛けている。

著者の全ての記事を見る