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意外と難しい?「信じる」力がもたらす心の健康とは

意外と難しい?「信じる」力がもたらす心の健康とは

仲間と肩を組む

突然ですが、「怒り」(著者:吉田修一)という小説をご存じでしょうか?

2014年に発売され、その後渡辺謙さん主演で映画化もされた作品です。物語は、若い夫婦が自宅で惨殺され、犯人が逃走するところから始まります。その1年後、房総・東京・沖縄にそれぞれ身元不明の3人の男が現れ、
最初は警戒されるものの3人はそれぞれの場所で徐々に人間関係を築いていきます。しかし、警察が犯人のモンタージュ写真を公開したことをきっかけに、部分的に犯人の特徴を持つ3人と、周りとの信頼関係が揺らぎ始めていくという話です。

物語の中では、信じることの難しさや大切さが描かれています。自分の愛した人が殺人者かもしれない。そんな葛藤を抱えながら、それでも人を信じるというのはいったいどういうことなのか?

……と、これ以上はネタバレになりそうなのでやめておきますが、実は、メンタルヘルスにおいても信じることの重要性が説かれているんです。

ある精神科医は、人は人を求めて生きていると言っていたそうです。人は無意識に何かを信じることなしには生きていけず、その無意識な心の動きこそが信じることの本質なのかもしれないという説です。

「信じる」。
口にしてしまえば簡単な言葉ではありますが、今日は臨床における「信じる」について少し考えていきましょう。

患者と医者において、最も大切なのは信頼関係

たとえば体調が悪くなったとき、病院に行きますよね。患者は医者を信頼して症状を話し、診察や治療を受けると思います。もしその医者が信頼できなければ、別の医者に診てもらうのもいいでしょう。

医者も同じです。患者を信頼し、症状や容体を鑑みて適切な治療をしなくてはいけません。

ここで注意しなければいけないのが、治療する側は「価値中立的」でなくてはならないという点です。臨床において、宗教や思想は持ち込まず、あくまで症状や容態を中立的観点で指摘するということです。

実際、若い精神科医が患者に対して神父のような言動を取ると、患者は敏感に反応してそれを指摘した例もあるんだとか。伝え方や接し方一つで、信頼は簡単に崩れてしまうというのが難しいところですね。

「信じる」というのは、困難で勇気のいることのようです。信じることで人の心は開かれて裸になるものの、傷つきやすくもなる。そうすると自己防衛機能が働いて、信じたいけど信じられないという葛藤が生まれるんだとか。信頼と不信は常にセットということなのかもしれませんね。

没頭することがメンタルヘルスの秘訣

夕日バック、想像で踊る

少し視点を変えてみましょう。

よく、アスリート達がイメージトレーニングをするという話を耳にします。イメージトレーニングとはメンタルトレーニングの一種で、集中力の向上、技能の定着、トラウマの克服などに効果的であることがわかっています。

ここで、競泳の池江璃花子選手のメンタルトレーニングを例に見てみましょう。聞いた話だと、彼女のイメージは本番前の控え室から始まるんだとか。そこからプール会場へと向かい、会場の声援に応えてスタート位置に立ち、スターターピストルが鳴り、飛び込んで、そのまま最後まで泳ぎ切る。一連の流れでイメージが途切れたり、理想的な泳ぎをイメージできなかったら最初からやり直して、納得いくイメージができるまで繰り返すそうです。

すごいですね。ここまで細かくイメージできる人はなかなかいないんじゃないでしょうか。

メンタルトレーニングが記録の向上に繋がることは、科学的にも証明されています。というのも、呼吸法やポジティブシンキングを駆使すると、競技の妨げになりうる心理的要因を低下させることがあるそうなんです。

何かに「没頭」することは、不安や緊張を低減させ、気持ちを落ち着かせるための心理技法なんだとか。高い集中力をもってメンタルトレーニングを行う彼女は、きっと想像力に優れ、自分を信じる力も大きいような気がします。没頭するということは、メンタルヘルスにおいて課題解決策の一つなんですね。

「信じる」とは自分をさらけ出すこと

冒頭でも述べましたが、人は、誰かを信じることで心が開かれ裸になるといいます。それはつまり、自分をさらけ出せるかどうかということではないでしょうか。

裏切られるかもしれない、痛い目に遭うかもしれない、照れくさい……。たとえ好きな人や頼りにしている人のことでも、100%信じるというのはなかなか勇気のいることだと思います。(もちろん、中には信じられる人もいると思いますが)

心の扉を開いて、さらけ出して、受け入れる。それにはきっと抵抗もあるでしょうし、万が一傷ついたらと思うと怖いですよね。しかしメンタルヘルスにおいて、そこを乗り越えて光を見たという人もいるそうです。

自分を信じ、相手を信じる。
その結果、信頼関係が築ける。

簡単なようで難しい「信じる」力、あなたはちゃんと持てていますか?

Image:Unsplash
Source:

熊倉伸宏
【臨床における「信じる」ことの一考察  ―土居健郎論文,「精神療法と信仰」を再読する―】

飯田拓磨
【競技者の心理的な状態の理解に基づくメンタルトレーニングの有効性】
(岩手大学大学院人文社会科学研究科紀要 第25号 2016年6月 39頁〜51頁)

関沢洋一(経済産業研究所) 、後藤康雄(経済産業研究所)、 宗未来(慶應義塾大学)、 野口玲美(千葉大学) 、清水栄司(千葉大学)
【収入と暮らしに関する将来予測と幸福度・メンタルヘルスの関係: 消費者態度指数の質問を使った検証】
(RIETI Discussion Paper Series 16-J-052)

AUTHOR

SELF

北里大学医療衛生学部出身の医療系ライターを筆頭に、精神衛生やメンタルケアに特化した記事を得意とする。学術論文に基づいた記事を多く手がけている。