最近、誰かとふれあう機会はありましたか?

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大以降、他者と適切な距離をとることが推奨され、社会全体において以前にも増して人とふれあう機会が少なくなりました。

そもそもコロナ禍以前から、握手やハグの習慣がない日本では、日常生活の中で他者と肌と肌のふれあいを持つ機会は限りなく少ないといえるでしょう。

ところが、この日常生活では稀少な肌と肌のふれあいが、メンタルヘルスにおいては非常に重要であることが近年の研究によってわかっているのです。

心とカラダは繋がっている

私たちの心というのは、その肉体のあり方と非常に深く関わっているとされています。

「うつ」の症状がある人は姿勢もうつむき加減である傾向が高いとされ、また、表情筋を笑顔に近い状態にするだけでストレスが軽減され、ポジティブな感情が誘発されることもわかっています。

そして、皮膚という臓器もまた、心のありようと深く関わっています。これは、皮膚が人間にとって「自己と周囲の境界」の役割を持つことから自己認識に強く影響を与えるためとされています。

皮膚は第三の脳?

脳は発生の過程で皮膚と同じ外胚葉から形成され、近年の研究では脳内に存在する物質と同じものが皮膚にも存在することがわかっています。

また、皮膚感覚を処理するための脳の面積は非常に高い割合を占めるとされ、そのため皮膚感覚が脳に与える影響は非常に大きいと考えられています。さらに、皮膚が脳を介さず、一定の情報処理を独立して行っている可能性についても研究が進んでいます。

これらの理由から、皮膚は「第三の脳」または「露出した脳」といわれることもあるのです。
(余談ですが、脳から命令を受けなくても活動することのできる「腸」は「第二の脳」といわれています)

皮膚を温めると心も温かくなる

とある実験では、温かいコーヒーと冷たいコーヒーを持たせた人に、架空の人物の特徴を記した資料を読んでもらい、その印象を評定してもらいました。

すると、温かいコーヒーを持った人の方が、対象から「親切」や「寛容」であるという印象を受けたことがわかりました。その後の実験では、皮膚を温めることで人と人との距離が近くなり、人を信頼しやすくなることなどもわかっています。

その理由は脳内の「島皮質」といわれる部分が、皮膚の温かさと感情的な温かさの両方に関与しているためとされています。日本では「手の冷たい人は心が温かい」などという俗説がありますが、実際は「手(皮膚)を温めることで心も温かくなる」ということがわかっているのです。

触れる「速さ」と「圧」が大事

赤ちゃんのふれあい
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皮膚は触った物の柔らかさを認識し、それが心に影響を与えるとされています。

赤ちゃんを見ていると、ずっとおしゃぶりを咥えていたり、お気に入りのタオルを手に握って放さなかったりします。それは、おしゃぶりやタオルのように柔らかいものに触れることで、安心感や満足感を得ているからだといわれています。

肌に触れる「速さ」も心の状態に影響を与えることがわかっています。

ストレスを軽減したり精神的な安定をもたらす接触のスピードは秒速5~10㎝。目安としては5秒かけて肩から手の甲に触れていくような速さです。また、このときに手の平全体を使って、適度な圧をかけることが重要とされています。

不安や緊張を感じたり、ストレスが溜まっているときは、ゆっくりと適度な圧でセルフマッサージを行うことで、心が落ち着いてくるかもしれません。

撫でると生じる1/fゆらぎの癒しパワー

手と手を取り合う
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人が誰かの肌を撫でる時、「1/fゆらぎ(エフぶんのいちゆらぎ)」という周波数を持つ振動が発生することがわかっています。この「1/fゆらぎ」はそよ風や小川のせせらぎなど自然の中に多く存在し、人の心を癒し、リラックスした状態に導いてくれるとされています。

また、心地よい感触を脳が感じると、脳内ではオキシトシンという物質が分泌されることがわかっています。オキシトシンは愛情や信頼といった感情に深く関わっており、オキシトシンが分泌されることによって人は心身ともにリラックスすることができ、ストレスが軽減されるとされています。

落ち込んでいる人や悲しみにくれている人がいたら、あなたの手でゆっくりと頭や背中を撫でてあげてはいかがでしょう。きっと「1/fゆらぎ」の持つ癒しのパワーが、相手の心を穏やかにしてくれることでしょう。

この時代に触れ合うこと

心理学の分野では、人にはそれぞれパーソナルスペースといわれる空間があり、それを他者に侵されることで精神的なストレスを受けるとされています。軽々しく他者の身体に触れることで、相手に不快感を与えることもあるでしょう。

また、新型コロナウイルスの感染拡大以降、人との接触機会を減らし、ソーシャルディスタンス(=社会的距離)を保つなど、新しい生活様式に留意した行動が求められています。

ただ、ここまでに述べたように人とのふれあいが心を癒してくれるという事実、そして私たちが本能的に他者とのふれあいを求めているという事実は、どのような時代背景にあっても変わることはないのではないでしょうか。

人間関係や社会不安から多くの人が過大なストレスを抱える今、身近にいる大切な人とふれあう時間が、私たちの心を癒し、信頼関係を構築するうえで大きな助けになってくれるかもしれません。

笑顔で手を取り合いながら歩く男女
出典:Unsplash.com

Source:
山口 創
「身体接触におけるこころの癒し~こころとからだの不思議な関係~」
(全日本鍼灸学会雑誌2014年64巻3号)

著者情報

SELF

北里大学医療衛生学部出身の医療系ライターを筆頭に、精神衛生やメンタルケアに特化した記事を得意とする。学術論文に基づいた記事を多く手掛けている。

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