若者と精神医療をつなぐ、最新技術を使ったメンタルヘルスの可能性

アプリでメンタルヘルスを若者に

世界保健機構(WHO)によると、今や「うつ病」などの精神疾患は4人に1人の割合で存在するとされています。
精神疾患への一般的な対策としては精神科や心療内科に受診することですが、医師と患者が対面し診断・治療を行う「医療」では、人的リソースなどの観点から限界があるのではないかという声もあります。
特に日本では精神科の医師に対する診療報酬の低さや業務の過酷さから、十分な人員を確保することが難しい状況が続いているとされています。

一方で、10代~20代の日本の若者における精神科外来の受診率は低く、若者のメンタルヘルス対策が大きな課題となっています。これは、日本においてまだまだメンタルヘルスが身近なものではなく、精神疾患やその治療について様々な誤解や偏見が存在するためといえるでしょう。「精神疾患と診断されてしまったら、周囲から差別を受けるのではないか?」「治療を受けることで、その先ずっと薬に頼って生活することになるのではないか?」そのような憶測が、精神科を受診する際の心理的なハードルになっているのかもしれません。

精神医療の現場を圧迫することなく、若者のメンタルヘルスに有効な対策を実施するにはどうすればよいのでしょう。その問題を解決する方法として、スマートフォンアプリやウェアラブルデバイス、さらにはAIを用いたメンタルヘルス対策に、注目が集まっているのです。

若者たち

深刻な若者のメンタルヘルス問題

10代〜20代の若者は、肉体が成熟してゆく一方で心には未熟な部分を残している場合が多く、精神的なバランスを崩しやすいとされています。アメリカの調査によると、精神疾患の4分の3は24歳までに発病することが示されており、また、若者の死因においては「自殺」が国際的に高い割合を占めています。日本では10〜34歳の死因の第一位が自殺となっており、そのうち実に87.4%の割合で、自殺前に「うつ病」などの精神疾患に罹患していたことがわかっています。

しかし、青年期のメンタルヘルス対策が世界的に重要な課題とされる一方、メンタルヘルスに問題を抱える若者が、医療機関に相談することは少ないとされています。

若者のメンタルヘルスに関する相談が少ない背景には、
・自分のメンタルヘルスに無関心
・気になっていても対処法がわからない
・医療機関に相談すること自体が恥ずかしい
などの理由があると考えられます。

若い世代のメンタルヘルス対策を進めるためには、誰にとってもわかりやすい正確な情報を発信し、若者にとってメンタルヘルスが身近なものであると感じられるようにする必要があるでしょう。

一方で、日本におけるスマートフォンの普及率は85.1%(2019年)で、10代〜20代では人口の約9割がスマートフォンを持っていることが総務省の調査で示されています。
この10年ほどで急速に普及したスマートフォンは、今や若者にとって欠かすことのできない生活必需品として日常に溶け込んでいると言えそうです。

スマートフォンにダウンロードして使うアプリケーションの種類は多岐にわたり、日常的に若者の多くがそれを当然のように使いこなしています。
近年、メンタルヘルスに関するアプリも多数リリースされ、その効果について検証が進められていることから、若者と精神医療をつなぐ「橋渡し」となる存在として期待が高まっているのです。

アプリでメンタルヘルスケアは可能か?

現在(2020年)、スマートフォンアプリによるメンタルヘルスへの効果を実証した研究成果は、世界的に見ても十分とは言えません。
それは、「メンタルヘルス」の分野がアプリ市場においてはまだ新しい分野であり、社会的に十分に普及していないことが背景にあると考えられます。
しかし、2017年にAppleの発表したアプリの4大トレンドの一つに「メンタルヘルスやマインドフルネス、ストレス軽減に着目したアプリケーション」が数えられており、現在では実に4000を超えるセルフケア・アプリが存在するといわれています。このことから、メンタルヘルスに関するアプリは、今後市場において急速に普及することが予想され、それに伴う実証研究もますます盛んになることでしょう。

数多く存在するセルフケア・アプリですが、メンタルヘルスへのアプローチは大きく分けて以下の4つの系統に分類されます。
それぞれの特徴についてまとめてみましょう。

1)記録・分析系
ユーザーが自らの体調や気分の変化を記録し、心身の状態を可視化することでメンタルヘルスへのアプローチを試みるタイプのアプリケーションです。
精神疾患の原因となるストレスに効果的に対処するためには、自分の状態を正確に記録し、ストレスに「気づく」ことが重要となります。スマートフォンを使って自分の状態を手軽に記録することができれば、精神疾患からの回復や精神疾患の予防に有効であるといえるでしょう。さらに、ウェアラブルデバイス(身につけることで心拍数や脈拍などの情報が取得できる端末)とアプリケーションを連携することによって自動的にデータを取得することができれば、継続的にデータをとることがさらに容易になると考えられます。このデータを医師やカウンセラーと共有することで、より効率よく細やかな精神医療を実現することができるかもしれません。

2)リラクセーション系
視覚や聴覚に働きかけ、リラックス効果をもたらすタイプのアプリケーションです。
自然の中に存在する小川のせせらぎや炎の揺らめきには、リラックス効果を生み出す「f/1ゆらぎ(エフぶんのいちゆらぎ)」という周波数が存在し、アプリケーションを通してそういった音や風景を体験することで、精神的な安らぎを感じることができるとされています。また、画面タップなどの操作を行うことで光や模様が変化するタイプのアプリケーションもあります。そういった単純作業には一時的にネガティブな思考を抑制し、ストレスを緩和する効果もあるとされています。

3)マインドフルネス・瞑想系
精神医療にも取り入れられているマインドフルネス瞑想の理論に着目し、瞑想の手順をレクチャーしたり、瞑想状態に入りやすいよう音楽などでサポートを行うタイプのアプリケーションです。近年、世界的に東洋の宗教的思想に注目する人が増え、マインドフルネスをビジネスやライフスタイルに取り入れる動きが盛んになっていることから、アプリケーションの市場においても人気のジャンルとなっています。

4)情報・コミュニケーション系
メンタルヘルスに関する情報を発信したり、チャットボットやAIを用いたカウンセリングによって、ストレスの軽減やメンタルヘルスの改善を図るアプリケーションです。
実際の医師やカウンセラーと患者をつなぐ窓口として活用したり、AIがユーザーの状態を分析して適切なアドバイスを提示したりと、様々な機能が複合的に搭載されているものもあります。AIとの会話を用いて行う認知行動療法では、ユーザーへの共感と適切なアドバイスが可能であることから、AIを用いないインターネットでの行動療法よりも、長期的に見ると効果が高いという研究結果も存在しています。

最新技術でメンタルヘルスをもっと身近に

スマートフォンのアプリを用いたメンタルヘルスへのアプローチは、若者がメンタルヘルスに向き合うきっかけとなるかもしれません。
すでに若い世代の日常に溶け込んでいるアプリという形を取ることで、そもそもメンタルヘルスに無関心な若者が自分自身のメンタルヘルスに興味を持つきっかけとなり、また正しい知識を広めるための基盤ともなりえます。また、従来の治療と比べてアプリでのメンタルヘルスケアは安価である場合が多く、自身がケアをしているということが周囲の人に露見しにくいというメリットもあります。精神疾患と診断されること、その治療を行なっていることが周りにバレたくないと考える人には、この手軽さと秘匿性が大きな魅力となるでしょう。

近い将来、誰もが自分のスマートフォンにメンタルヘルスケア用のアプリケーションを保有し、日常的に「自分のメンタルは自分で守る」という社会が実現するのかもしれません。

しかし、新しい技術を用いたメンタルヘルスケアが社会に定着するには、そのデメリットについてもしっかりと考えておかなくてはなりません。
アプリなどを使って様々な情報を多くの人に届けられるということは、正しい情報を広めることができる反面、間違った情報が流布されてしまうリスクも存在します。また、特定のアプリを用いてのメンタルヘルスケアにのめり込んでしまった場合、そのサービスが終了したり、何らかの理由でスマートフォンが使えなくなってしまった際に、不安を感じたり、精神的に不安定になってしまうおそれもあります。

特に、判断力や責任能力が未成熟である若年層に対して、メンタルに誤ったアプローチを行ってしまうと、その後の精神的成長に大きく支障をきたす恐れもあります。今後、さらに多くのメンタルヘルスに関する技術やサービスが登場すると予想される今だからこそ、開発者にはより正確な科学的知見に基づいたアプローチが求められているといえるでしょう。

Image:Unsplash
Source:
梶谷康介, 東島育美,金子晃介,松下智子,福盛英明, 金大雄
「大学生向けメンタルヘルスアプリの開発および実証研究」(健康科学,Vol.42,2020年 3月)